名古屋地方裁判所 昭和60年(ワ)1923号 判決 1986年7月15日
名古屋市<以下省略>
原告
X
右訴訟代理人弁護士
中根克弘
右同
吉見秀文
(住居所不明につき最後の住所)
東京都杉並区<以下省略>
被告
Y1
(住居所不明につき最後の住所)
名古屋市<以下省略>
被告
Y2
名古屋市<以下省略>
被告
Y3
右訴訟代理人弁護士
近藤昭二
主文
一 被告らは、原告に対し、各自二七一万六一四〇円及びこれに対する、被告Y1においては昭和六〇年九月二一日から。被告Y2においては同年七月五日から、被告Y3においては同年七月一三日から各完済まで年五分の割合による金員を支払え。
二 原告のその余の請求を棄却する。
三 訴訟費用は被告らの負担とする。
四 この判決は、第一項に限り、仮に執行することができる。
事実
第一 当事者の求めた裁判
一 請求の趣旨
1 被告らは、原告に対し、各自三〇一万九一四〇円及びこれに対する、被告Y1においては昭和六〇年九月二一日から、被告Y2においては同年七月五日から、被告Y3においては同年七月一三日から各完済まで年五分の割合による金員を支払え。
2 訴訟費用は被告らの負担とする。
3 仮執行の宣言。
二 請求の趣旨に対する被告Y2、同Y3の答弁
1 原告の請求を棄却する。
2 訴訟費用は原告の負担とする。
第二 当事者の主張
一 請求の原因
1 当事者ら
(一) 原告は、昭和五四年に夫に死別した六八才の未亡人である。
(二) 訴外豊田商事株式会社(以下「訴外会社」という。)は、金地金の販売や純金ファミリー契約(以下「本件契約」という。)なる名称の金の現物まがい商法を業とする会社であり、訴外会社の右商法によって、老人を中心とした大量の被害者が全国的に発生し、被害者の自殺等の悲劇が生じている。
(三) 被告Y1(以下「被告Y1」という。)は、訴外会社設立時以来、同社の代表取締役であった訴外A(以下「訴外亡A」という。)とともに、前記金の現物まがい商法を定案し、これを積極的に推進して来た者であり、同六〇年二月一日訴外会社の代表取締役に就任し、以後現在まで同社の最高責任者の地位にある。
(四) 被告Y2(以下「被告Y2」という。)及び被告Y3(以下「被告Y3」という。)は、いずれも訴外会社名古屋支店(以下「名古屋支店」という。)に勤務する従業員であって、本件契約の勧誘業務に従事していたものである。
2 行為
(一) 原告は、昭和六〇年三月末、名古屋支店の女性勧誘員から、「抽選によりあなたに景品があたりました。おめでとうございます。」との電話を受け、その翌日、原告方を訪れた同支店女性勧誘員の被告Y2からも右電話と同様の話を聞かされたので、訴外会社が悪徳商法で名高い会社とは露知らず、同年四月三日景品が貰えると思って名古屋支店を訪れた。
(二) 同日、被告Y2及び同支店営業部の被告Y3の両名は、前記目的で同支店を訪れた原告に対し、こもごも、「金地金は必ず値上がりする。今こそ買い時である。」「当社へ預ければ銀行より有利な利子を支払う。」等、虚偽もしくは著しく誇大な事実を申し向けて欺罔し、原告をしてその旨誤信させ、よって、同年四月四日、同社との間で純金一〇〇〇グラムを購入する旨の本件契約を締結させ、訴外会社は、同日と翌五日の二回にわたり、金地金の購入代金等名下に、合計二二六万九一四〇円の交付を受けてこれを領得した。
3 行為の違法性
訴外会社が、本件契約に基づき、原告をして金地金購入名下に前記金員を交付せしめた行為は、次の理由によって悪質な詐欺的違法行為である。
(一) 本件契約の本質的欺瞞性
訴外会社の本件契約は、同契約書によれば、顧客に対して金地金を売却すると同時に、同会社が顧客からこれを賃借するというもので、同社も原告を含む顧客にその旨説明しているが、実際は、金地金の授受はなく、売買とは単に書類上、形式上のものに過ぎず、顧客から同社に対する金地金購入代金の授受のみが行われ、顧客に対しては、本件契約証券が交付されるに過ぎない。そして、訴外会社は、多数の顧客に売却した数量にみあう金地金を現に保有していないばかりか、購入代金名下に顧客から受け取った金銭を金地金の仕入れ代金にもあてずに、同社の営業所の賃借費、人件費等の営業経費に費消し、残金を同社もしくは訴外亡Aを始めとする役員による商品取り引きの投機資金として流用している。即ち、同会社は、営業経費、商品取り引きの投機資金等に費消する目的で多数顧客の金銭を集めているにもかかわらず、これを秘し。金地金を保管し、運用すると称して顧客を欺罔して、その旨誤信させ、金地金購入代金名下に金銭を交付させているのが、本件契約の本質である。
(二) 法律違反、公序良俗違反
訴外会社の営業行為はその実質において、業として不特定多数のものから金銭を受け入れているという他なく、これは、出資の受入、預り金及び金利等の取締等に関する法律(以下「出資法」という。)二条に違反し、同法一一条に当たり、刑罰規定の存在や同法の趣旨等から、私法上も公序良俗に違反する。
(三) 訴外会社の営業行為は、詐欺的集金活動の上にのみ成り立っているもので、顧客から集金した金を営業経費や不健全な投機資金に費消していることから、営業活動自体には何ら生産的要素はなく、そもそもが正常な営業活動でないうえ、同社の主張する金地金の運用によっては、本件契約上の顧客に対する年一〇~一五パーセントの賃料を支払うだけの利益を生み出すことは不可能であるため、早晩必然的に破綻に陥るものであり、短期間には新たな顧客から集めた金銭で会社を運営して行くことができても近い将来には、本件契約上の賃料の支払ができず、同契約の賃借期限後において金地金を顧客に返還することができない事態が生起すること必定であり、従って、本件契約が投資元本の回収さえ不可能な投資手段であるにもかかわらず、同社は原告を同契約に勧誘するに当たって、「当社へ預ければ銀行より有利な利子を支払う。賃借期間五年後には金地金を返還する。」等の虚偽の事実を申し向けて欺罔し、原告をして、本件契約が安全確実な投資手段であるかの如く誤信させ、契約締結に至らせたものである。
4 被告らの責任
(一) 被告Y1は、訴外亡Aと共同して、本件契約のような金の現物まがい商法を案出し、原告との間で本件契約を締結した当時、訴外会社の最高責任者たる代表取締役の立場で同社の人的物的組織を利用してこれを推進させたものであるから、民法七〇九条による責任を負う。仮に、それが認められないとしても、訴外会社に代わって被告Y2及び同Y3を監督するものとして同法七一五条二項による責任を負う。
(二) 被告Y2及び同Y3は、
(1) 本件契約が顧客から金銭を詐取することを目的としての手段に他ならないことを充分知悉しながら、原告をこれに勧誘して同契約を締結せしめたものであるから、民法七〇九条による責任を負う。
(2) 仮に、これを知らなかったとしても、本件加害行為が行われた昭和六〇年四月初め頃には、新聞、テレビ、ラジオ、雑誌等のマスコミにより、訴外会社が前記のごとく悪質な詐欺的違法行為を行っていることは、広く報道されていたのであるから、被告Y2及び同Y3はこれを知り得べきであり、少なくとも過失による不法行為責任は免れない。
(三) 被告らの各不法行為は共同不法行為の関係に立つ。
5 原告の損害
(一) 騙取された金員 二二六万九一四〇円
(二) 慰謝料 五〇万円
原告は、老後の生活のために長年にわたって貯めて来た預金を解約して訴外会社にこれを注ぎ込み、このため、老後の支えを失い、多大な精神的苦痛を被ったから、これを慰謝するには五〇万円が相当である。
(三) 弁護士費用 二五万円
被告らが、原告に対し、右金員を任意に支払わないので、原告は原告代理人らに対し訴訟委任した。弁護士費用は、日弁連の報酬基準によるという約束であるところ、このうち二五万円を請求する。
6 よって、原告は、被告らに対し、各自、三〇一万九一四〇円及びこれに対する本件訴状送達日の翌日(被告Y1は昭和六〇年九月二一日、同Y2は同年七月五日、同Y3は同年七月一三日)から各完済まで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。
二 請求の原因に対する認否
1 被告Y2
(一) 請求の原因1の(一)(二)は不知、(三)(四)は認める。
(二) 同2の(一)のうち、原告が名古屋支店を訪れたことは認め、被告らが虚偽もしくは著しく誇大な事実を申し向けて欺罔し原告をしてその旨誤信させたとの点は否認、その余は不知。
(三) 同3の(一)ないし(三)は不知。
(四) 同4の(二)(三)は否認。
(五) 同5は不知。
2 被告Y3
(一) 請求の原因1の(一)は不知、その(二)のうち、訴外会社が金地金の販売や本件契約の締結をしていたことは認めるが、その余は争い、その(三)は不知、その(四)は認める。
(二) 同2の(一)のうち、被告Y3が昭和六〇年四月初め頃名古屋支店を訪れた原告に対し金地の購入を勧め、本件契約の説明をしたことは認めるが、同月四日純金一〇〇〇グラムの本件契約を締結せしめたことは否認、その余は不知。
(三) 同3は争う。
(四) 同4のうち、(三)は否認、その余は争う。
(五) 同5は争う。
第三 被告Y1は公示送達による呼び出しを受けたが本件口頭弁論に出頭しない。
第四 証拠については、本件訴訟記録中に証拠に関する目録記載の通りであるからこれを引用する。
理由
一 責任
1 原告本人尋問の結果によれば、請求の原因1の(一)の事実が認められ、同1の(二)及び訴外会社が破産宣告を受けたこと(宣告日が昭和六〇年七月一日であることは記録上明らかである。)は公知の事実であり、同1の(三)のうち、被告Y1が、訴外会社の代表取締役であった訴外亡Aとともにいわゆる金の現物まがい商法を推進してきたものであることは公知の事実であり(原告と被告Y2との間では争いがない。)、被告Y1が同六〇年二月一日訴外会社の代表取締役に就任したことは記録上明らかであり、原告本人尋問の結果及び被告Y3本人尋問の結果(後記一部採用しない部分を除く。)によれば同1の(四)の事実が認められる(原告と被告Y2、同Y3との間では争いがない。)。
2 原告本人尋問の結果及び弁論の全趣旨により真正に成立したと認められる甲第一ないし七号証並びに原告本人尋問の結果によれば、原告が、昭和六〇年四月二日頃名古屋支店の従業員から、くじが当たったので取りに来て欲しい旨の電話を受け、同女を迎えに来た被告Y2の運転する車で名古屋支店へくじに当たったという物を取りに行ったこと(右のうち、原告が同支店を訪れたことは、原告と被告Y2、同Y3との間では争いがない。)、被告Y2により被告Y3に引き合わされ、同人から、午前一一時頃から午後一時頃までの間、訴外会社作成の「GOLD」なる表題のパンフレットを示され、現在金のブームであり、買い時だから資金に余裕があれば買ってはどうか、銀行預金していても金利が下がる傾向だが、金を買って持っていれば値下がりすることはないからなどと執拗かつ巧妙に勧められたこと(右のうち、被告が原告に対し、金地金の購入を勧め、本件契約の説明をしたことは、原告と被告Y3との間では争いがない。)、同日訴外会社から金五〇〇グラムを買う旨の契約書を作成したこと、翌日代金を持参して同会社を訪れたところ、同社従業員のBから、約一時間にわたり、もう五〇〇グラム金を買わないか、有利になると執拗に勧められ、さらに金五〇〇グラムを追加して買う旨契約し、翌日代金を持参したそころ、Bから、右一〇〇〇グラムを五年間訴外会社が賃借したいと云われ、本件契約書を作成し、金代金及び手数料合計二六五万九一四〇円から金賃貸料三九万円を差し引いた二二六万九一四〇円を被告Y2に交付したこと、その際同女に五年後に右金を返してもらえるかと念を押し、契約書通り信用して欲しいと云われたことがそれぞれ認められ、被告Y3本人尋問の結果のうち、前記認定に反する部分は原告本人尋問の結果に照らし採用できず、他にこれを履すに足る証拠がない。
3(一) 前記の通り、原告は訴外会社との間で金地金の売買契約を結び、その直後に右金地金を訴外会社に預託する契約を結んだものであり、その間、右金地金の受け渡しや売買代金の支払が行われず、結局原告が金地金代金及び手数料から金地金賃料を差し引いた額の金銭の支払いと引き換えにファミリー契約証券なる賃貸借契約書を受け取っただけであること、被告Y3本人尋問の結果によれば、金地金の現物売買契約だけが結ばれることは数少なく、被告Y3が同社に勤務期間中に金地金を見たことが全くないことが認められ、訴外会社が本件契約を締結してから僅か三か月後に破産宣告をうけたことは前記の通りであり、また同社が破産後、同社が客に売り渡した金地金に見合う現物が全くなかったことは公知の事実であり、以上を総合すれば、訴外会社は当初から金地金を売り、これを賃借して運用するというつもりはなく、金地金代金名下に金銭を取得することだけが真の目的であり、金銭提供者を欺き、金地金の現物の引渡及び出資法の適用を免れるため、形式的に本件契約を結んでいたに過ぎないものと認められ、これを覆すに足る証拠がない。
(二) 被告Y1は、前記認定の通り、訴外会社の打表取締役の地位にあり、訴外会社の前記商法を推進していたものであるから、訴外会社の前記金商法の実態が前記の通りであり、かつこれが早晩破綻し、本件契約の履行ができないことを充分予測しながら、あえて訴外会社従業員に指示して、原告らに対し金の購入及びその賃貸を勧めさせ、本件契約書通り履行されると欺罔し、よって、その旨信じた同人から金代金名下に金員を取得させたものと認められ、これを覆すに足る証拠がない。
(三) 被告Y3本人尋問の結果によれば、訴外会社において、従業員が幾つかのグループに分けられ、その中で客に電話するもの、客宅を訪問するもの、契約を勧もるもの等に役割が分担され、相互に協力して業務を遂行していたこと、上司から現物を売る際に本件契約を結ぶことを勧誘するよう指導されていたこと、本件契約を結んだ場合、その担当従業員が四〇〇万円以上の契約高一〇〇万円につき一五万円の割合の歩合給が三か月にわたり支給されたこと、同人が昭和五八年一〇月に訴外会社に入社したが、右翼団体が同社の商法を非難していたので、不安を感じ、一週間で退職したが、その後名古屋支店長の勧誘で再入社したことが認められ、前記の通り、本件契約当時、訴外会社に従業員として勤務し、同社の取り引きに直接関与していた被告Y2及び同Y3が、新聞等により報じられる同会社の商法につき不安と関心を抱いていた筈であり、これを総合すると同被告らが本件契約の実態が前記の通りであることを知っていたものと認められるところ、それにもかかわらず、前記の通り、被告Y2においては原告を名古屋支店に連れてくる業務を、被告Y3においては金地金売買契約勧誘の業務をそれぞれ遂行し、もって、原告に金地金代金名下に前記金銭を交付させたものであると認められ、これに反する被告Y3本人尋問の結果は、前記各証拠及び理由により採用できず、他にこれを覆すに足る証拠がない。
4 以上により、被告らは、民法七〇九条、七一九条により、原告の被った損害を賠償する責任を負う。
二 損害
1 原告が、訴外会社に金代金及び手数料名下に二二六万九一四〇円を騙取されたことは、前記認定の通りであり、これは、前記被告らの不法行為による損害であると認められる。
2 原告本人尋問の結果により認められる原告の年齢、生活状況、本件契約に至るまでの経緯、被害額に照らし、同人が単に財産的損害の賠償のみによっては償われない精神的苦痛を被ったものと認められ、かつ被告らもこれを予見し、または予見し得たであろうと推認できるから、右精神的苦痛についても慰謝料の請求をなしうるというべきである。そして、右慰謝料の額は二〇万円を以て相当と認める。
3 そうすると、原告に生じた損害は合計二四六万九一四〇円となるところ、これを訴求するための弁護士費用は、その約一割の二四万七〇〇〇円をもって被告らの不法行為による損害と認める。
4 従って、原告に生じた総損害額は、二七一万六一四〇円となる。
三 結論
以上により、被告らは原告に対し不法行為による損害賠償として、連帯して、損害金二七一万六一四〇円及びこれに対する不法行為の後であることが明らかな、被告Y1については昭和六〇年九月二一日から、被告Y2については同年七月五日から、被告Y3については同年七月一三日から各完済に至るまで、民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払義務があり、原告の本訴請求は、右の限度で理由があるからこれを認容するが、その余は理由がないからこれを棄却し、訴訟費用の負担について民事訴訟法八九条、九二条但書、九三条一項本文を。仮執行の宣言について同法一九六条を各適用して主文の通り判決する。
(裁判官 福井欣也)